ページID:695
更新日:2025年3月25日
ここから本文です。
「れんと清太郎」
れんと清太郎
むかしむかし、ずっとむかし。れんという名の娘がおったんだと。
れんには、清太郎といういいなづけがいて、嫁にいくのをそれはそれは待ち遠しく思ってたんだと。
れんと清太郎は幼馴染みで、れんは清太郎を好いていたし、清太郎もれんのことが可愛くいとおしく思ってたと。
やがて二人は年頃になり、ようやく夫婦になる日が来たんだと。れんの花嫁姿はたいそう美しくて、日本一の花嫁さまだったと。
ところが、祝いの支度をしていると、
どどどどどーっ!
という物音がして、外がにわかに騒がしくなったんだと。
大勢のおそろしい盗賊が押し入ってきたんだと。
食べ物や金品ばかりか、なんと花嫁姿のれんまでも連れ去っていってしまったんだと。
父上様も母上様も気も狂わんばかりに泣きくずれ、町の誰もが悲しんだんだと。清太郎がれんを迎えに来た時には、すでに屋敷は荒らされ、れんの姿もなかったんだと。
清太郎は、れんを取り戻そうとすぐに盗賊の後を追ったんだと。
盗賊の頭はれんを自分の嫁にしようと、山の住処すみかへ連れ去ったんだと。
れんは、盗賊の嫁にされるくらいなら、死んでしまいたいと思ったんだと。
ようやく清太郎は盗賊に追いつき、大立ちまわりになったんだと。清太郎は腕のたつ侍で、幾人もの盗賊を切り捨てたけど、多勢に無勢で、またもやれんを盗賊に連れ去られてしまったんだと。
「れーん!必ずや助けにまいるぞーっ!れーん!」
れんは盗賊の住処に連れ去られ、婚礼支度が整うまで、洞穴に閉じ込められてしまったんだと。涙を流し、声を殺して泣きながら清太郎の名前を呼び続けたんだと。
「清太郎様、清太郎様。どうぞご無事でいてくださいませ……」
しばらくすると、洞穴の見張り番が居眠りをはじめたんだと。その隙に、れんは打掛を岩にかぶせて、そっと抜け出したんだと。必死で追っ手を逃れ、息を潜めて、清太郎の元へ帰りたい一心で一生懸命逃げたんだと。
あたりは真っ暗、道などない山の中をれんは走り続けたんだと。無我夢中で走るれんの体が、突然宙に浮いたかと思うと、目の前がまばゆい光に包まれたんだと。
「れーん!れーん!どこにおるのだーっ!」
気がつくとれんは、泣きながら自分の名を呼び、さがし回っている清太郎の姿を下の方に見つけたんだと。
「清太郎さま!れんはここにおります!清太郎さま!」
声を限りに清太郎を呼んでも、清太郎は気づいてくれなかったんだと。
しばらくすると、れんは清らかな水音のなかに自分がいることに気づいたんだと。そうしてれんの魂は、美しい青い玉となり広瀬川を流れて行ったんだと。
清太郎は、幾日も幾日も、れんをさがし続けたんだと。
時々、風とともにれんの声が聞こえてくるような気がしたと。
(れんの声が聞きたい。れんの柔らかで温かなほおをこの手で包みたい…)
(再びれんの笑顔にあえるだろうか……。会いたい、れんに会いたい……)
こぼれる涙もぬぐわずに清太郎はれんをさがし続けたんだと。
ある日、れんをさがす清太郎に容赦なく吹雪が襲い、一寸先も見えなくなったんだと。
(れんは無事だろうか。れんを助けられずにいる私を許してくれ。あきらめはしないぞ!)
そう心に決めながら、清太郎は先を急いだんだと。すぐそこが谷底だとも知らないで前さ歩いて行ったんだと。
しばらくして、れんの優しい声がかすかに聞こえてきたんだと。
「清太郎様、れんはいつまでもこうして待っておりますよ。清太郎様…」
「れん……すぐ迎えにまいるぞ……」
れんは広瀬川を下り、清太郎は名取川を下り、六郷村日辺あたりの中洲に留まったんだと。
ある朝、光るふたつの石を仲のよい老夫婦が見つけたんだと。
「なんて美しい石だろう。この赤石は、まるでこの青石を包み込んでいるように見える……」
二つの石をじっと見ていたんだと。
すると、二つの石はピタリと合わさり、観音様の形になったんだと。
老夫婦は、その観音様の形の石を大切に家に持ち帰り、大事に神棚に祀って、毎日毎日手を合わせてたんだと。
仲むつまじい夫婦には子どもはいなかったんだと。
ところが、老夫婦はなぜか日に日に若返り、やがて子宝にも恵まれ、ますます仲のよい夫婦になったんだと。
れんの魂は、清太郎の魂に深く包まれ、れんを抱く清太郎の魂は、やさしくやさしく撫でていたと。
いつしか観音様の姿はどこかになくなってしまったけど、二つの川の流れが出会う場所に、彼岸花が二輪咲くようになったんだと。